
大阪府出身、スタジオワークから、アーティストのサポート(増田俊郎、KAN、平松愛理、コブクロ、花*花など)実力派セッションマンとして様々な活動を繰り広げる。1991年、周防義和率いる弦楽ユニット、BREW-BREWに参加、アルバム4枚をリリース。2002年にソロアルバム“TENDERNESS”をリリース。またアーティストのプロデュース(高満洋子)やライブイベントの企画(Naoizum Music Dept)なども精力的に行っている。2009年にセカンドソロアルバム“LIFE”をリリース。更なるベースの多彩な表現を追求する。
| 1958年 | 9月11日大阪市内に生まれる。東京タワーが完成し、チキンラーメンが発売された年。 | |
| 小学生時代 | グループサウンズ真っ盛り。姉の影響でタイガースに夢中になる。最初に買ったレコードは「君だけに愛を」。 | |
| 中学生時代 | 当時全盛だったラジオの深夜放送の影響で、レッドツェッペリンやシカゴなどのロックに興味を持つようになり、ミュージックライフ誌を愛読するようになる。 | |
| 高校生時代 | 二年生でクラスメートと念願のバンドを始める。最初のレパートリーはストーンズのジャンピン・ジャック・フラッシュ。 しかしそのバンドだけでは飽き足らず、雑誌やスタジオのメンバー募集の告知を見て色んなところに出向いて行き、セッション放浪を始める。当時のレパートリーはクリームやオールマン・ブラザーズ、グランドファンク、ハンブル・パイなど。 | |
| 大学生時代 | 追手門学院大学に入学、学業もそこそこに音楽サークル(軽音学部)に没頭。ロックからジャズコンボ、ビックバンドにいたるまで、様々なバンドに在籍。そのころの音楽経験がベーシストとしての基盤を築く。 そして師匠である加藤“レイニー”利幸氏(現RAINEY'S BAND)と出会い、R&BのGROOVEの洗礼を受ける。 |
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| 1979年 | その加藤氏の後釜として関西のR&B界を代表するシンガー、大上留利子のサポートバンドに参加。レコーディングやツアーなどのプロ初の仕事を。大学3年生の秋。 | ![]() (大上留利子&ソー・スイート・パッション1979年) |
| 1980年 | 当時、関西のライヴシーンで人気の高かったバンド、スウィートエリアに加入。(オルケスタ・デラ・ルスや熱帯ジャズ楽団のカルロス菅野やジャズピアニストの中村葉子が在籍していた。) | |
| 1982年~1989年 | セッションプレーヤーとして様々な在阪のアーティストのレコーディング、ステージのサポートとして活躍、(増田俊郎&セプテンバー・ブルー、小坂明子&フル・ムーン、大江千里、もんたよしのり、他)そしてプレーヤーとしてのフィールドを広めるべく、ニューソニックジャズオーケストラなどのビックバンドにも参加し、関西でトッププレーヤーとして活躍。 | ![]() (増田俊郎&セプテンバー・ブルー1983年) |
| 1989年 | 東京に活動の拠点を移し、KAN、荻野目洋子、鈴木聖美などのツアーやスタジオワークで活躍。 | ![]() (KANのステージ1992) |
| 1991年 | 尺八奏者、土井啓輔のアルバム「山越へ」のレコーディングに参加。フレットレスベースのプレイに評価が高まる。 その頃、作編曲家の周防義和氏と知りあい、彼のレコーディングワークに参加するようになり、彼が音楽を担当した映画「シコふんじゃた」のレコーディング時のメンバーを中心に、弦カルテット+ギター、ツインベースという弦楽器のみの特殊な編成のユニット“BREW-BREW”が結成される。 | |
| 1992年 | BREW-BREW スパイラルレコードより1stアルバム「文化ポップ」リリース。その類をみないサウンドや特異な弦楽器のみの編成(弦カルテットにギター、ウッドとフレットレスのツインベース)が話題に。その後コロムビアより2ndアルバム「シアワセポップ」(1993) 3rdアルバム「DoReMiFa#ポップがゆく」(1994)、4thアルバム「かけら」(1999)をリリース。 |
![]() (Brew-Brew1974) |
| 1995年~ | 大阪スクール・オブ・ミュージック専門学校で講師として後進の指導にあたる。現在講師リーダー。 | |
| 2002年 | 初のソロアルバム「テンダネス」リリース。同時にライヴイベント“ NAOIZM Music Dep't ” をスタート。毎回様々なゲストを呼び、ステージプロデューサーとしてアーティストを演出。 そしてシンガーソングライター高満洋子のマキシシングル“私ガ泣イタ”をプロデュース。彼女の繊細な世界観をフレットレスベースや生楽器を中心に演出。 |
![]() (NAOIZM Music Dep't Vol.5 2003年) |
| 2003年 | ソロプロジェクトのユニットとして、“ Faith ” のライヴ活動開始する。VocalとBassとDrumsだけという特異な編成のユニットで、ベースの表現力と可能性をライブで追求するようになる。ループマシンやエフェクトを駆使してVocalとのデュオも行う。 | |
| 2004年 | 作編曲家の麻吉文のユニット、Frogsのライブ活動開始。 フィドル倶楽部バンド(大矢貞男、中島徹、島田和夫)で様々なゲストとマンスリー・ライブ。 | |
| 2005年 | 長年の付き合いである増田俊郎と元憂歌団の島田和夫とのユニット“増田俊郎&游神”のライブ活動開始。 | |
| 2007年 | 高満洋子のアルバム、“紡ぐ”、“妄黙のカラス”をサウンド・プロデュース。 ギター・トリオのインスト・バンド“K-IZM”の活動開始。 | |
| 2008年 | セカンドソロアルバムの制作開始 |
| 1980年 | 大上留利子 “ 聞いててや ” SMSレコード スタジオワークの初仕事。 | |
| 1992年 | 土井啓輔 “ 山越へ ” プレムプロモーション BREW-BREW “ 文化ポップ ” スパイラルレコード |
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| 1993年 | BREW-BREW “ シアワセポップ ” コロムビアレコード |
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| 1994年 | BREW-BREW “ DoReMiFA#ポップがゆく” コロムビアレコード |
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| 1995年 | クリスタルロードオペラ “ 天馬の血族 ” 東芝EMI(上野洋子、仙波清彦など) | |
| 1996年 | オリジナルサウンドトラック “ Shall we ダンス? ” 徳間ジャパン(主題歌:大貫妙子) オリジナルサウンドトラック “シャーマニックプリンセス” ビクターエンタテイメント |
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| 1997年 | NAP ON MONDAY “ FREE ” ベアーマンレコード |
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| 1998年 | 周防義和 “ 空想から映像連鎖 ” ベアーマンレコード | |
| 1999年 | 川崎洋子 “ One Sided Love ” エイジップレコード BREW-BREW “ KAKERA ” アリノスレコード |
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| 2000年 | コブクロ “Root of My Mind ” ミノスケレコード オリジナルサウンドトラック “ つぐみへ、、、” エイベックス | |
| 2001年 | 増田俊郎&BROKEN ARROW “ Rokko Mountain Way ” レイドバックレコード オリジナルサウンドトラック“ 釣りバカ日誌11 ” ソニーミュ-ジック | |
| 2002年 | 松尾泰伸(Vertual Trip Presents)“ for TERRA ”ポニーキャニオン 高須賀はつえ“ Sprout ” アズルレコード 高満洋子 “ 私が泣いた ” オーシャンチャイルドレコード |
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| 2003年 | 中村泰士 “ 人生満喫 ” コロムビアレコード |
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| 2004年 | 高満洋子 “ 心のキレイ ”オーシャンチャイルドレコード | |
| 2005年 | VieVie “ BabyBlue ” コロムビアレコード ゆかし “ PRAYER ” O2MAレコード | ![]() |
| 2006年 | 麻吉文 ASA “ Frogs ” L&G レコード |
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| 2007年 | 高満洋子 “ 紡ぐ ”&“ 妄黙のカラス ” オーシャンチャイルドレコード |
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